進化するホーチミンの街並み
Travel Journal — 2025

7年ぶりのホーチミン

Leica Elmarit 28mmで捉える、進化する街

Ho Chi Minh City / ホーチミン 2025年2月 写真 24枚

ホーチミン空港で出会った“ガチの”日本オタ

ホーチミン空港に降り立ったのは午前10時半。
7年前に訪れた時の閑散とした入国審査場の記憶は、目の前の喧騒に吹き飛びました。到着ゲートから次々と流れ込む人波で、入国審査エリアはスシ詰め満員電車状態。これは長丁場の戦いになりそうだな、と覚悟を決めて列に並びます。
少しずつ前に進み出し、緊張が解けた頃、後ろに並ぶ温厚そうな外国人とどちらともなく会話が始まりました。

まずは軽い探り合い。

彼が「何人ですか?」と尋ねてきたので、「日本人です」と答えると、「ああ、やっぱり、そんな気がしていました」と満面の笑みを見せます。むむ、なぜだろう?と思いましたが、そこはスルーして「あなたは?」と返すと、ニコニコしながら「イタリアから来ました」と答えます。
その瞬間、思わず背筋がシャンと伸びました。イタリア!私が最も愛する国のひとつですから。
「おお、私はイタリアが大好きなんです」と言いかけたその時、彼から「僕は日本が大好きなんです」と切り込んできました。
なるほど、ここは大人の社交辞令というやつだろう、まずは受けて立とうじゃないか。そう身構えた私の前で、彼は自分の胸元を指差して「ほら、これは日本のアーティストの作品です。私はこのキャラクターが好きなんです」とニッコリ微笑みます。

彼のTシャツに描かれたキャラクター
彼のTシャツに描かれたキャラクター

なるほど軽いジャブが鼻先を掠めます。 しかしそんなことはお首にも出さず、「とても可愛いですね。ところであなたは日本に行ったことがありますか?」とジャブを返してみました。
「いや、まだ行ったことはないんです。でも日本に行くときには1週間じゃ楽しむことはできないと思っているんです。だからもっとたっぷり休みが取れたときに行こうと思っているんです」

まだ日本に入ったことがない!? これは私の出番。イタリアでの思い出を語れる完璧なチャンスが巡ってきました。

先程のジャブのお返しとばかりに「私は旅が大好きなんです。でもどの国に行っても数日もすると日本食が恋しくなってしまうのです。ただイタリアだけは違いました。ナポリのピザ、ローマのカルボナーラ、ベネチアで食べた魚介プレートなど10日間の旅の中で、一度も日本食が恋しくならなかったんです。それくらいイタリア料理は素晴らしかったのです」

私のイタリア愛の深さを示せたか、と思った矢先、彼は「そうですよね。イタリア料理は最高です。でも日本の懐石料理や蕎麦の奥深さもすごいですよね、でも本物は現地でなければ食べられないと思っています」と、実に柔らかく受け流してきました。イタリア人に日本の蕎麦を語られるとは。

ここは、もう一段強めに出ていきましょう。スマートフォンを取り出し、「これを見てください。何年か前に行ったフィレンツェで食べたTボーンステーキの写真です。人生で最高のステーキでした。いまだこれ以上のステーキにはいまだ出会えていません」。これはかなり愛を示せたはずです。

ホーチミン

ところが彼の方から、予想外の一撃が飛んできました。
「実は、毎年ノーベル賞発表の時期になると、HARUKI!!と言いながら村上春樹が受賞することを祈っているんです」
これは神の左のような強烈な一撃。見えないところから飛んできたパンチに一瞬躊躇しましたが、私だって村上作品はほぼ全て読了しています。 「村上作品は何が好きなんですか?」

「鳥が変な鳴き声で登場する話がありますよね?」と、なかなかマニアックなところを突いてきます。私も、「ああ、井戸に閉じ込められるお話ですよね」と返し、『ねじまき鳥クロニクル』のストーリーでひとしきり盛り上がります。

そこに、隣にいた若いイタリア人も加わってきました。「僕は『1Q84』が好きです」。ここで私は少し意地悪に中身に突っ込んで「ああ、主人公のブルービーン(青豆)ですね」と、あえて主人公の名前を英語で投げかけてみたのです。
彼は一瞬怪訝そうな顔をした後、「ああ、青豆(Aomame)ですよね」と。なんとイタリア訳でも青豆は青豆なのだと納得した私は、「彼女はAomameのままなんですね」と返します。これは痛かった。彼らのハルキストぶりは社交辞令ではなく本物だったと認めざるを得ません。

イミグレーション・オフィサーのカウンターがそろそろ見えた頃、最後の切り札として、チンクエ・テッレでの思い出を語ることにしました。「私たち日本人3人組は、4つ目の村まで時間厳守で現地ガイドさんに褒められていたのに、最後の村で30分も遅刻してしまったんです。モンテロッソの駅をひと駅間違えてしまって。でも、みんなが "No problem, Japanese friends!" と笑顔で待っていてくれて…」。

この話で場が和んだと思った矢先、彼は決定打を放ってきたのです。
もう一度Tシャツを指差しながら「実はこのTシャツ、キャラクターが好きが昂じて、自分で絵を描いて友達のデザイナーに刺繍してもらったお手製なんです」。

なんとお手製のTシャツでしたw
なんとお手製のTシャツでしたw

私のテンプルにコークスクリューパンチがめり込んだ音がしました。テンカウントでも立ち上がれない完全なノックダウンです。この人たちはガチの日本オタなのです、私のイタリア愛なんて足元にも及びません。でも、それが嬉しくてたまらない。

そうやって2時間の対戦は終了のゴングを迎え、別れ際、彼は「故郷のサルディーニャには最高の豚肉料理、ポルケッドゥがあるんです。フィレンツェのTボーンステーキには及ばないかもしれませんが、次に来たら必ず振る舞いますよ」とお互いのSNSアカウントを交換しながら、勝ち誇ったようにニッコリと笑顔を見せてくれました。

私も思わず笑顔で返します。 負けたのは私の方なのに、なぜかとっても心が温かくなったあっという間の2時間でした。
そして、これがホーチミンでの最初の思い出となったのです。

Leica Elmarit 28mmで捉える、進化する街

7年ぶりに訪れたホーチミンは、ベトナムで一番の高層ビルがそびえ、地下鉄の開通と共に、以前とは全く異なる未来都市へと変貌していました。街全体の急速な発展を、まざまざと感じることができました。

今回の旅は撮影旅行というより、久しぶりの友人訪問が目的だったため、カメラ装備はシンプルに、ボディは Leica M10、レンズは Leica Elmarit 28mm f/2.8(第6世代) の一本だけ。

このレンズ、旅の直前に友人から譲り受けたもので、今回はその使い勝手と描写を試すのも目的でした。

今回の装備
今回の装備

Elmarit 28mm の魅力

これまでの旅カメラは、迷わずSummilux 35mm f/1.4を1本だけ携えていました。
しかし、同行者と一緒だと、どうしても構図やピント合わせにじっくり時間をかけられず、シャッターチャンスを逃してしまうこともしばしば。そんな「撮りたかったのに撮れなかった」後悔を減らしたい――その思いから、今回はElmarit 28mm f/2.8を選びました。
少し絞ってパンフォーカス気味に設定すれば、構図を深く考えずに直感的にシャッターを切ることができる。(と期待しています)
次は、実際の撮影データを見ながら、このレンズ選びがどんな写真につながったのかを振り返ってみたいと思います。

ホーチミンの象徴、Landmark 81 を見上げる

高さ461.2メートル、81階建てのLandmark 81。地上から見上げると、その圧倒的なスケールと存在感に息を呑むほど。Elmarit 28mm の広角レンズを駆使し、建物の壮大な姿を存分に捉えました。

Landmark 81
Landmark 81

地下鉄で出会った笑顔

ホーチミンの地下鉄は、3両編成で5〜10分間隔で運行されており、車内は新しく、清潔感が漂っています。試しに車内を撮影していたところ、偶然カメラを向けた瞬間、ベトナム人女性がニッコリとピースを決めてくれました。

ベトナムでは、カメラを向けると自然にポーズを取る人が多く、その温かい反応が写真撮影をより楽しいものにしてくれます。彼女の笑顔からも、ホーチミンの明るく活気に満ちた雰囲気がひしひしと伝わってきました。

地下鉄にて
地下鉄にて

ホーチミン像—市の誇りと記念すべき新設像

ホーチミン像は、1区グエンフエ通り(Nguyen Hue Street)の市庁舎前広場に堂々と佇んでいます。ベトナム建国の父、ホー・チ・ミン主席を称えるこの像は、2024年11月に生誕125周年を記念して新設され、市民のみならず訪れる人々にとっても誇り高いシンボルとなっています。

ホー・チ・ミン主席
ホー・チ・ミン主席

ホテルグランドサイゴン
ホテルグランドサイゴン(正式名称: Hotel Grand Saigon)は、その歴史と風格を感じさせる外観が印象的です。

1930年創業時は「Grand-Hôtel de Saigon」と呼ばれ、1937年に「Saigon-Palace Hôtel」へ改称。1998年の大規模改修を経て、現在の名称となりました。
写真に収めた外観からは、クラシックな魅力と時代を超えた品格が感じられ、ホーチミンの歴史的側面を物語る一端を垣間見ることができます。

Hotel Grand Saigon
Hotel Grand Saigon

ノートルダム大聖堂の外観

ノートルダム大聖堂(Nhà thờ Đức Bà Sài Gòn)は、1区パリコミューン広場(Cong Xa Paris)に位置する、フランス植民地時代を代表する歴史的建造物です。1880年に完成し、正式名称は「無原罪の聖母大聖堂(Cathedral Basilica of Our Lady of The Immaculate Conception)」。ベトナムを代表するカトリック教会として、多くの人々に親しまれています。
※残念ながら、ここ数年は工事中のため、全体の撮影が難しい状況です。

ノートルダム大聖堂
ノートルダム大聖堂

ホーチミンのピンク色の教会

正式名称「聖イエスの聖心教会(Nhà thờ Thánh Tâm Chúa Giêsu)」、通称タンディン教会として知られます。フランス植民地時代の1876年に完成し、1957年の改修で特徴的なピンク色が施されました。3区ハイバーチュン通りに位置し、ロマネスク様式を基調にゴシックとルネサンス要素を融合した建築が特徴です。

Tan Dinh Church
Tan Dinh Church

昔ながらの風景も息づくホーチミン

発展を遂げるホーチミンですが、街中のどこかに昔ながらの風景が今なお息づいています。歩いていると、道端で果物を売るおばあさんの姿がふと目に留まりました。高層ビルが立ち並ぶ近代的な都市の一角で、こんな伝統的な営みが見られると、ホーチミンが持つ二面性――未来志向と歴史の温もり――を改めて感じずにはいられません。

果物売りのおばあさん
果物売りのおばあさん

まとめ

Elmarit 28mm は、レンズサイズが小さく持ち運びが楽な点が魅力です。これ1本でストリートフォトに臨めるという自信がつきました。

ただ、今回の同行者は私を含め皆さん結構なお年なので、夕飯後はすぐに就寝となり、夜に出歩くことはありませんでした。次回は、このレンズで夜の撮影に挑戦してみたいと思っています。

とはいえ、まずは私の住む香港の、ネオンに照らされた街並みや人々の営み、活気あふれるナイトマーケット……。Elmarit 28mm なら、そのすべてを切り取れる気がしてなりません。

写真を撮ることは、新しい視点との出会いでもあります。街は変わり続け、私たちの見方も変化していきます。その変化を捉えるパートナーとして、このレンズは多くの可能性を秘めていると感じています。

日本食探訪 〜個人店で味わう確かな味〜

ホーチミンといえばフォーやバインミー。
本来ならそんなベトナム料理を堪能すべき場所です。

でも今回、私たちが通い詰めたのは、宿泊先のLa Opera Saigon Hotelから歩いてすぐのレタントン・エリアの日本人街にある日本食レストラン。

それは近所だから妥協したわけではなく、ここには日本人が丁寧に営む店が並んでいて、初日に何気なく入ったお店で、期待をはるかに超える味との出会いがあったのがきっかけでした。

そこで、今回の滞在で訪れた中でも特に印象に残った3軒の店を紹介したいと思います。

餃子とやきめしの黄金コンビ ~「餃子のチカラ」~

まず最初に訪れたのは、「餃子のチカラ」。店名に込められた意気込みに惹かれて入店したのですが、これが大正解でした。

ホーチミン
ホーチミン

注文したのは餃子とやきめしのセット(18万ドン=約1,100円)。薄皮から溢れ出る肉汁と、カリッと焼かれた皮の食感が絶妙なバランス。やきめしは中華鍋の遠火で丁寧に炒められた証、パラパラの粒々が光ります。

ホーチミン

一緒に来た仲間たちはチキン南蛮タルタルセットなど別メニューを注文していましたが、それぞれに満足げな表情。特に印象的だったのは店主の方の人柄です。一見強面に見えるのですが、声をかけるととても気さくで優しい。その笑顔を撮影させていただいた一枚が、まさにこの店の雰囲気を物語っています。

ホーチミン

翌日、私たちは迷わず再訪。今度は全員で冷やし中華を注文しました。クラゲのコリコリ感、ざく切りのチャーシューの食感と焦げ目の旨み、錦糸卵とキュウリの彩り。そして全体を包み込む特製タレの味わい。これはもう、リピート確実の一品です。

ホーチミン

ホーチミンで元祖台湾ラーメン ~「味仙」~

今回の旅をアテンドしてくれたのが岐阜出身の方。「実は名古屋に本店がある有名店の味が、ここホーチミンで楽しめるんです」という言葉に興味をそそられ訪れたのが「味仙」でした。

ホーチミン
ホーチミン

店内の説明によると、この台湾ラーメンは名古屋生まれの一品なのだとか。元々はまかない料理として作られていたものが、やがてメニューとして定着したそうです。

この店の面白いところは、辛さの段階設定。ノーマル、アメリカン(辛さ控えめ)という普通の表記に加えて、ちょっと悪ノリ気味なネーミングが並びます。辛さに自信のない私は無難にノーマルを選択。

ホーチミン

それでも、最初の一口で「おっ」と声が出ました。辛いスープと肉味噌の旨味が絶妙なバランス。そして何より、その辛味と旨味を纏った中太麺の食感が最高です。箸が止まりません。

ホーチミン
この麺がわたしの好みでした
この麺がわたしの好みでした

まさかホーチミンで元祖台湾ラーメン(しかも名古屋発祥)にハマることになるとは。これは確実にリピート確定の一品です。

予想を超えたとんかつのクオリティ ~「日本の定食屋 FUJIRO」~

最後は「日本の定食屋 FUJIRO」。

ホーチミン

実は、とんかつへの期待は控えめでした。というのも、香港では最近、とんかつの価格が高騰していて、安くても3,000円、高級店では5,000円近い価格設定。
それに比べると、ここのロースとんかつ定食は16万5千ドン(約1,000円)と、価格だけ見ると不安になるほどのコスパの良さです。

しかし、その不安は最初の一口で吹き飛びました。私が選んだのは、ロースとヒレカツの乗ったカレー(16万ドン)。衣のサクサク感、中の肉のジューシーさは申し分なし。カレーも美味しく、牛スジの食感も確かにいいのですが、正直なところ、とんかつと合わせるなら牛スジは無い方が良かったかもしれません(笑・あくまで個人の見解です)。
それでも、全体的な満足度は香港の高級店を上回るほど。こだわりが感じられる一皿でした。

ホーチミン
ホーチミン

まとめ ~ホーチミンB級グルメの真骨頂~

ホーチミンの日本食、とりわけB級グルメの充実ぶりには目を見張るものがありました。香港にも吉野家やすき家、スシローといった有名チェーンはありますが、ホーチミンの日本食には決定的な違いがあります。
それは、日本人が現地で自ら店を開き、心を込めて料理を作っていることです。

たった3、4日の滞在でしたが、その違いは明白でした。大資本のチェーン店とは異なり、ここでは料理に手作りの温もりが感じられました。ホーチミンで出会った店々は、どこも料理人の思いが伝わってきました。餃子のチカラの薄皮餃子に込められた職人技、味仙の台湾ラーメンに感じる本場へのリスペクト、そしてFUJIROのとんかつに宿る真摯な姿勢——どれも、日本人の食文化へのこだわりを感じさせるものでした。

実は、30年前の香港にもこうした個人経営の日本食店が数多くありました。しかし、地価の高騰とともに、それらは次第に姿を消し、大資本のチェーン店が取って代わっていったのです。昔の香港を知る者として、ホーチミンのこうした食文化が末永く続いてほしいと願わずにはいられません。

手頃な価格でありながら、妥協のない味。それを支えているのは、経営者自身が店に立ち、お客様の表情を見ながら試行錯誤を重ねているからでしょう。こうした小さな店が、大資本の波に押し流されることなく生き残ることができるのか——その行方を応援したいです。

そして、ホーチミンにはまだまだこのような日本食の名店があるはずです。次は、どんな味に出会えるのか。その期待を胸に、また近いうちに、この街を訪れたいと思います。

初出(note・2025年公開・全3篇):ホーチミン空港で出会った“ガチの”日本オタ7年ぶりのホーチミン ― Leica Elmarit 28mmで捉える進化する街ホーチミンの日本食探訪 〜個人店で味わう確かな味〜