ベトナム・フエの人たちに感じたこと
1901年に建設されたSaigon Morin Hotel はHuong川にかかるTruong Tien Bridgeに隣接している。
綺麗の夕焼けをバックにMorinホテルを撮影した。
ここを訪れたのは今から11年前

古都フエの街を二分するHuong川の周りは多くの市民や観光客の憩いの場。
果物を切り売りしたり 観光船ツアーの呼び込みが盛んに行われている。
このFBIの帽子をかぶったお兄さんは後ろの観光船のオーナーだろうか、ツアーを売り込んでくる。
椅子に座った果物売のバアサンは兎に角 愛想が悪い。値段を聞いただけなんだけど、なんか怒られている気がした。まぁ私が香港に住み始めた1990年代の香港も愛想の悪さは似たようなもんなので傷ついたりはしない。
しかしまあ この旅で出会うお年寄りはほとんど愛想が悪い。若者が人懐っこいのとは対照的、ベトナムは平均年齢が二十才台だと聞くが、ベトナム戦争で多くの男達が亡くなり、残された未亡人の苦しい人生がそうさせたのかもしれないと、勝手に妄想するのであった。(あくまで妄想です)





さていよいよ明日はメインのホイアンに向かいます。
ホイアンだけというのもあれだから、フエの王宮も訪ねてみた
いまから振り返ること11年前の2013年にはじめてベトナムに行ったのでした。今回の旅の一番の目的はホイアンにある日本橋が日本人によって建設されたのかを確認するということでした。
ただそれだけというのも淋しいのでフエの王宮などを訪ねてからホイアンに行くことにしました。ということで今回はその最初の目的地であるフエです。
なんといっても世界遺産に登録されているフエの王宮 南門です。
フエの歴史は、ベトナム最後の王朝グエン朝がフエに都を造ったことから始まります。
1802年ザーロン帝がグエン朝をフエに創設して以来1945年に滅亡するまでの約100年余りの歴史を有し、またその頃の建物を残しているのがこの古都フエです。





その下にある土産物屋さんでマンゴスチンとベトナム珈琲を。

港町ホイアンはとってもフォトジェニック
ホイアンは街全体が世界遺産に登録されている。
16世紀以降 貿易港として栄え、日本とも貿易をしていたそうだ。
街は中国文化が色濃く残っており広東省や福建省などの人たちが集う会館がいまも残っている。
河口の両側にこのような黄色い壁の家がず〜っと並んでいるのがいい雰囲気。
このホイアンを初めて訪れたのは2013年ということでいまから11年も前のこと。それから何度も通うことになるとはこのときは思ってもなかった、けど それほど魅力的だった。
夜には提灯で彩られて非常に美しく一体どこの国にいるのかと思うほどである。
ただそこの人たちはちょっと観光ズレしているのが気になったかな。
西欧人が多いこともあり、おおらかにお金を払ってくれるからなのだろう。香港の女人街で買物交渉のイロハを習ったわたしからすると、むっとすることが何度もあったように覚えてる。
わたし以外の同行した方々が紳士だったのでなんとか思いとどまりましたがw








歴史と現代が交差するホイアン:日本橋の謎を探る
提灯が飾られた街は、暗くなるほどに美しく彩られます。
街の雰囲気は、アメリカのテレビドラマや映画に出てくる中華料理店のようで、そのため欧米人に人気があるのかもしれません。
この街全体が歴史的な意味を持ち、世界遺産に登録されています。しかし、建物はほとんど全て内装が綺麗に整えられ、レストラン、お土産物屋、ギャラリーになっていて昔の姿を見ることはほぼできません。この点に若干の違和感を感じます。
世界遺産になったことで、住民たちがお金を稼げるようになったわけで、細かいことを言うべきではないのかもしれません。

ホイアンの街で確認したかったのは、この日本橋の由来です。
日本橋(Japan Bridge)と呼ばれるこの橋は、江戸時代の鎖国の前にここにいた日本人が作ったことから、その名が付けられたと聞きました。
しかし、これは本当に日本人が作ったのでしょうか?
我々が確認した結果、これは間違いなく中国人が作ったものだと判断します。橋の内部には建造にあたって寄付した人の名前が刻まれていましたが、それらは全て中国名で、内部で祭ってある像もどう見ても中華系。ということで、特に大きな意味はありませんが、我々の検証の旅は終わりました。



ホイアンの夜景と笑顔
夜景の撮影を終え、ひとり三脚担いでホテルまでトボトボ歩いていると昼食を食べたレストランの女性店員達が声をかけてきた。
「写真を撮ってあげようか?」
と聞くとすぐさま このポーズ! いやぁ撮られ慣れてますね。
撮った写真を見せるとメールで送ってくれと。
女性の写真好きは世界共通だと認識を新たにしました。

昼間にこのレストランで食べた麺と店の外観。
麺は非常に美味しかったのです。
実は数年後にこのお店を再び訪れこの時の写真を見せたら、店員さんがみんな集まって、この娘は子供ができていまはどこにいるとか、この娘はまだここで働いてるとか、大騒ぎになって大変だったのです。
その辺りはまた別の旅行記で近い内に ご紹介します。


疲れ果てていたのですが女性の笑顔をみると元気が出るものですね。
ということで元気にホテルに戻りしっかり眠りました。
