兵馬俑、華清池、鐘楼夜市
Tibet & Xi'an 2016 — Day 9 / 11

兵馬俑、華清池、鐘楼夜市

2016.05.24(5月24日)

西安 写真 56枚

始皇帝の兵馬俑

西安訪問の最大の目的、秦の始皇帝兵馬俑に来ました。
ここは1974年に出土した遺跡をすっぽりと大きな建物で覆い博物館にしています。つまりこの写真の巨大な遺跡は2200年前に作られたそのまんまなのです。
兵馬俑とは、兵隊や馬の人形ということですが、この人形 一体なんと身長180センチほどあり、これが8000体も出土したのです。しかも、ひとりひとり実在の兵士をモデルに作ったそうで、 一つとして同じ物はないそうです。

八千体あるといわれる兵隊
八千体あるといわれる兵隊

さて これは一体何のために作られたのでしょうか?
あの世で始皇帝を守るための軍隊を作ったのではないかと云われていたそうですが、 最近になって兵隊だけではなく 芸人や文官などまでが出土していることから、始皇帝がこの世の生活をそのまま来世に持って行こうとしたのではないかと云われているそうです。
広大な中国を統一するという夢を成し遂げた始皇帝にしてみれば、来世もその次もずっとそのままで栄華を極めていたかったのでしょう。

一つ一つ顔も体も違うことがわかります
一つ一つ顔も体も違うことがわかります

下の写真、右の方に立て札で示したところが 1974年 この兵馬俑発見のきっかけとなった場所です。
数名の農民がこの場所で井戸を掘っていたところ兵馬俑の断片がみつかったのです。とはいってもそれがなんなのか誰も判りません、多くの農民は祟りがあるんじゃないかと恐れ、そのままにしようとしたのですが、農民のひとり楊志発さんだけが、ここからほんの1.5キロほど先に始皇帝のお墓があることから、もしかすると何か関係があるのでは、と思って政府組織に持ち込み 紆余曲折あるものの最終的にここまでの大発見になったのです。

楊志発さん発見の記念的な場所
楊志発さん発見の記念的な場所

楊志発さんにより発見された始皇帝兵馬俑、今年 2016年5月の連休の際には、なんと一日に10万人が訪れたとのことで、入館料が150人民元(約2500円)、単純計算で入館料だけで一日に2億五千万円の収入になったわけです。
もともとは何もない 寂れた農村から 一気に土地の値段が暴騰したことが想像できると思います。
発見した当時から住んでいた人たちはそれぞれ自分の家を建て、1階はお店にし、農地の一部は政府が買い上げ、一部は駐車場にして観光客用に提供し、博物館周辺にはスタバ、ケンタッキー、マクドナルドなどまぁありとあらゆる有名店が軒を連ねています。それらも賃貸料が地元民の懐に入るわけです。
ということで楊志発さんも凄いラッキーな方ですが、没後2000年以上たった今も多くの人の懐を潤わせる始皇帝とは、いやもう全く凄い人だと思います。
グーグルで兵馬俑関連を検索すると、発見した楊志発さんを含め農民にはほんの少ししか恩恵がなかった的な記事を見かけますが、実際には楊志発さんは今もこの兵馬俑博物館名誉館長であり、アメリカ大統領カーター氏など多くの国家元首達と写真に収まり、いまでこそお年でほとんど博物館には姿をみせないそうですが、発見当初のみすぼらしい姿から年々 ふくよかに若返っておられることが写真でうかがえます。

兵馬俑ではいまも毎日 展示場と同じ場所で修復作業が行われています。

発掘中の兵馬俑
発掘中の兵馬俑

この遺跡がみつかった当初は保存の知識も技術もなかったため出土した像に塗られていた塗料がすべて消えて無くなってしまったそうですが、いまは保存技術が発達し、出土した物はこうやってビニールでラッピングし塗料が飛んでしまうことを防ぐそうです。

出土直後のラップされた兵馬俑
出土直後のラップされた兵馬俑
こうやって色落ちを防ぎます
こうやって色落ちを防ぎます

下の写真の兵士像は隣の博物館に陳列用ガラスケースに入った状態で保存されているもので制作時の塗料が鎧の背中部分に残っています。最近 出土した物はこのように色が残った状態で保存されています。

ガラスケースに入った兵士像
ガラスケースに入った兵士像
当時の色が残っている貴重な像
当時の色が残っている貴重な像

馬についてはこれ以上ないというほどに丁寧に扱われているのが見て取れますね。

立派な馬
立派な馬

数十年前に来たことのある師匠は、当時と今との変わりように驚いていました。
むかしは野っ原に1号館くらいしか無かったのが、いまや次々に掘り出される出土品を保管するためのいくつもの博物館だけでなく、レストラン、スターバックスやマクドナルドなどの飲食店、さらには土産物屋まである巨大商業施設になっています。
​これらの写真はそれぞれ兵馬俑全体の正面入口、兵馬俑の1号館入口、入場券の表裏です。

兵馬俑全体の正面入口
兵馬俑全体の正面入口
兵馬俑の1号館入口
兵馬俑の1号館入口
入場券
入場券
裏面
裏面

兵馬俑で出土されたのは兵士や馬だけでは無く、青銅で作られた二台の馬車もあります。
これらは 二千年以上も前に作られたとは思えないほどに精巧で美しく、当時の技術の粋を集めて作ったのでしょう。

青銅の冠という特別展入口
青銅の冠という特別展入口
青銅像の各部名称
青銅像の各部名称

下の写真は、この青銅の戦車が出土した際の状態写真と、鋳造技術の説明です。
一番上の兵馬俑の写真の場所にこうやって横たわっていたそうです。

出土状態の写真
出土状態の写真
各部名称
各部名称
これが2200年前に製造された青銅の馬車
これが2200年前に製造された青銅の馬車

この拡大した写真でみえる青銅製の馬の装飾品は 美しい金銀をリベットや溶接などの高い技術を使って作られていることがわかります。これが2200年以上前の物であることに驚かされます。その頃の日本は弥生時代でしょうか・・・

見事な溶接技術が垣間見えます
見事な溶接技術が垣間見えます

もっと多くの写真を撮ったのですが、切りが無いのでこの辺で。
ということで最後は お約束、オヤジの記念撮影です。

ここに降りることができるのは各国首脳レベルしかいないそうです(嘘
ここに降りることができるのは各国首脳レベルしかいないそうです(嘘

秦の始皇帝陵

秦の始皇帝の兵馬俑を見学した後は、始皇帝が眠る始皇帝陵を訪れました。
​始皇帝のお墓は小山の下にあるため下から眺めて写真を撮っただけなので若干拍子抜けです。

始皇帝陵 麗山園
始皇帝陵 麗山園

地図の真ん中にある緑の濃いところが小山であり、その下に始皇帝が眠っています。
​更に下の写真はこの小山を撮しています。

配置図
配置図
始皇帝陵
始皇帝陵

お約束のオヤジの記念撮影です。

おじさん二人の写真
おじさん二人の写真

楊貴妃と玄宗皇帝の華清池

中国四大美人のひとりにあげられる楊貴妃。
玄宗皇帝は 楊貴妃に溺れ最終的に唐が傾くことになってしまったわけですが、このふたりがこの世の春を謳歌したのがここ華清池です。風光明媚という言葉があてはまる美しい景観、そこに美人と温泉があれば政治をほったらかしにするのもうなずけます。

華清池の全景
華清池の全景

華清池・華清宮 入場券
池は本来、温泉を意味するそうです。

入場券
入場券
裏面
裏面

入口にある現代風ポーズの楊貴妃像です。最近 出来たそうですが昔の楊貴妃図とは似ても似つかない。
さすが中国、観光名所としてのツボを押さえた写真スポットを用意してくれます。多くの人が記念写真を撮ってました。

入口前にある楊貴妃像
入口前にある楊貴妃像
楊貴妃像拡大
楊貴妃像拡大

さらに華清池に入って見えてくる白い楊貴妃像、ちょっと薄汚れているのが気になります。
3Dマッピングで色を付ければ面白いと思いますが、よく見るとかなり艶めかしく作ってあるので視聴には年齢制限が必要になりそうです。

園内にある楊貴妃像
園内にある楊貴妃像

上の二つはかなり現代風にアレンジされた楊貴妃ですが、下にある歴史的 楊貴妃図と比べてどちらがお好みでしょうか。

浮世絵師、細田栄之によって描かれた楊貴妃
浮世絵師、細田栄之によって描かれた楊貴妃
「楊貴妃図」高久靄崖筆 静嘉堂文庫美術館蔵
「楊貴妃図」高久靄崖筆 静嘉堂文庫美術館蔵
兵馬俑、華清池、鐘楼夜市
兵馬俑、華清池、鐘楼夜市

これが楊貴妃のお風呂、もう少し石を磨いて美しく仕上げて欲しいなぁとも思いますが、やはりそのままの状態を保管する必要があるのでしょう。楊貴妃の入浴シーンを必死でイメージしました。

楊貴妃のお風呂
楊貴妃のお風呂

これが玄宗皇帝のお風呂、かなり巨大です。

玄宗皇帝のお風呂
玄宗皇帝のお風呂
兵馬俑、華清池、鐘楼夜市

ところで楊貴妃は日本の山口県で死んだという話があります。
まあ真実とは考えにくいのですが、なぜそういう話になるのか?
それは楊貴妃と玄宗皇帝の近くに日本人がいたからなのです。
19歳で遣唐使として唐に渡った阿倍仲麻呂、日本人でありながら科挙に合格し唐の要職を務めたほど優れた人だったようです。李白、杜甫、王維といった詩人とも仲がよかったそうです。
そんな阿倍仲麻呂は、玄宗皇帝に気に入られたために帰国を許されなかったり、ようやく帰れることになった船が難破したり、最終的に唐で一生を終えることになりました。
その阿倍仲麻呂が古里を思って歌った歌が百人一首にあるこの歌です。
「天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に いでし月かも」
玄宗皇帝は信頼している阿倍仲麻呂に、愛する楊貴妃を日本に逃がすように頼んだ・・・なんていうのは面白いですよね、そんなことから楊貴妃日本死亡説が伝わっているのかもしれません。

華清池は西安事件の舞台としても有名です。階段を上がっていくと 当時の蒋介石の執務室がそのまま保存されており、中には肖像画も飾ってあります。

蒋介石の執務室
蒋介石の執務室
執務室
執務室
執務室に飾られた蒋介石写真
執務室に飾られた蒋介石写真

お約束のオヤジの記念撮影です。
師匠なりの楊貴妃のポーズをご覧下さい。

師匠
師匠
TJ
TJ

鐘楼夜市

明朝初期の洪武帝の時代の1384年に建てられた西安市のシンボル、西安鐘楼。

西安鐘楼
西安鐘楼

この鐘楼から歩いてすぐ、イスラム教徒地区にある夜市を訪れました。
​派手な看板が並ぶストリートはどこを撮っても絵になります。

鐘楼夜市
鐘楼夜市

ここは中国のイスラム教徒である回族の人たちの通り。
イスラム教徒ですのでもちろん豚肉は御法度、その代わりに目立つのが羊肉です。
通りの至る所で解体ショーをやっています。しかもそこで解体した羊肉をその隣で串焼きにして食べさせてくれます。
一本10元、約150円ほどでしょうか。たっぷりの香辛料を振りかけてあり相当 辛いですがメチャメチャ美味いです。

羊肉解体ショー
羊肉解体ショー

解体ショーをiPhone6s Plusでビデオ撮影してみました。
丁度 縦画面にいい画角だなぁと思い、iPhoneを縦に構えて撮影してみましたが、思った以上に綺麗に撮れますね。

麵を伸ばしているのかと思いましたが、そうではなくて飴を伸ばしているとことのようです。

麺ではなく飴伸ばし
麺ではなく飴伸ばし

遠目ではパイナップルかと思ったのですが、そうではなくて甘いお菓子のようですね。

パイナップルではありません
パイナップルではありません

核桃がたくさん売られています。中国ではクルミってこうやって書くんでしょうか。日本だと「胡桃」ですね。
シルクロードの起点である長安(いまの西安)には胡人(ソグド人)というペルシャなど西方系の人たちが多くいてその人達が持ち込んだことから これを胡桃というとどこかでみた記憶があります。
しかしまさにその西安のイスラム教徒地区で それを「胡桃」ではなく「核桃」と書いているのはどうしてでしょうかね。

核桃はクルミ
核桃はクルミ

これも羊肉なんだと思いますが、残念ながら腹一杯で食べることが出来ませんでした。

羊肉
羊肉

有名な小籠包の店に来ました。
先にも書いたようにここは回族の街なので、小籠包なのに中身は、羊肉、牛肉、エビと野菜のいずれかを選び、豚肉はありません。
​どう考えても豚肉の小籠包の方が美味いと思うw

羊肉の小籠包
羊肉の小籠包

どうしても食べたい麺があり観光客にも人気のこの店に入りました。

びゃんびゃん麵屋さん
びゃんびゃん麵屋さん

西安名物だというこの麵、なんと読むか判りますか?
これ「びゃんびゃん麵」と読むそうです。
中国では宿題を忘れたバツとしてこの「ビャン」という字を百回書かされるとか聞きましたが本当でしょうか。

びゃんびゃん麵の漢字
びゃんびゃん麵の漢字

サイドメニューとして野菜や漬け物的なものを少し選びます。

麺に入れる具材
麺に入れる具材
私のチョイス
私のチョイス

これがメインのびゃんびゃん麵。
かなり薄く平べったい麵で、とても美味かった。
しかしこれって漢字の字面の面白さがこの麵を有名にしていますね。西安に行ったら話のネタにどうぞ。

出来上がった びゃんびゃん麵
出来上がった びゃんびゃん麵

店の女の子がとても可愛らしかったので一枚とらせてもらいました。

可愛い店員さん
可愛い店員さん
初出(note・2024年公開):#019 始皇帝の兵馬俑#020 秦の始皇帝陵#021 楊貴妃と玄宗皇帝の華清池#022 鐘楼夜市
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