緑の山を背にして建つ、開平の洋風の楼閣
Travel Journal — 2012.05

開平の楼閣と、赤坎の古い街

健人、西脇さん、TJ。Turtlebackを始めた三人で、広東省の世界遺産へ

Route: 開平(楼閣群) → 赤坎古鎮 → 立園 2012年5月 健人・西脇さん・TJ 写真 8枚
立園にある三階建ての洋館。黄色い壁に白い柱が並び、バルコニーが張り出している
この旅の仲間

Turtlebackを始めた三人で

健人、西脇さん、そしてTJ。iPhoneにレンズを付けるという製品をつくる会社、Turtleback を立ち上げたときの創業メンバー三人での旅です。会社を始めて二年目、まだ何もかもが手探りだった頃に、香港から足を伸ばして広東省へ向かいました。

目的地は開平。中国にありながら、建っているのは洋館という、少し理屈に合わない世界遺産です。

Turtleback 創業メンバー三人 2012年5月 開平 → 赤坎古鎮 → 立園 写真8枚
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ゴールドラッシュが建てた、中国の洋館

中国・広東省にある世界遺産、開平に行ってきました。

十九世紀、カナダとアメリカはゴールドラッシュと大陸横断鉄道の建設で、大量の労働力を必要としていました。ちょうどその頃、開平の一帯では客家との争いから逃げ出した農民が、大量の移民として労働力にあてられ、カナダやアメリカへ流入します。そこで儲けたお金で故郷に洋風の楼閣を建てた——それがこの地域だけに、一種独特の街並みをつくったのだそうです。

だからこれらの建物は、中国にあるのに洋館です。しかもお金があったので、世界中から様々なものを集めて作られている。畑と山しかない風景の中に、いきなり尖塔が突き出しているのを最初に見たときは、目の焦点が合わないような妙な感じがしました。

霞んだ空の下、一面の緑の中から尖塔を持つ楼閣が数棟だけ突き出している遠景
畑と山のあいだから、いきなり尖塔が出てくる
濃い緑の山を背にして建つ楼閣。手前には中国式の瓦屋根が広がっている
手前は中国の瓦屋根、その先に洋館が建つ

絵になる街、赤坎古鎮

開平にはこの楼閣のほかに、赤坎古鎮(Chikan Town)という、香港の映画にもよく使われる絵になる街があります。川沿いにアーケードのついた建物がひたすら連なっていて、なるほど、そのままセットとして使えそうな眺めです。

絵になる街ということで、ちょっと絵画風に。

川沿いにアーケードつきの古い建物が一直線に連なる赤坎古鎮の街並み。絵画風に処理されている
川沿いにどこまでも続くアーケード(絵画風に処理しています)

近づくと、一軒一軒はかなり草臥れています。剥がれた漆喰、錆びた鉄格子、そこに真っ赤な対聯だけが鮮やかで、その落差がまたいい。「景輝樓」と掲げた店の柱には、こんな対聯が下がっていました——看古人 及今人 看古 看今 人看人。

赤坎古鎮のアーケード。黄色く塗られた建物に赤い対聯が下がり、店先に人が座っている。絵画風に処理されている
「景輝樓」の柱に下がる対聯

立園

立園は、謝維立氏が1926年より5年かけて造った庭園です。時代を考えると、信じられないほど贅沢な作りになっています。
庭に建つ館もやはり洋館で、しかし瓦屋根と中国式の欄干が当たり前のように混ざっている。どこの国の建物を見せられているのか、最後まで分かりませんでした。

青空を背に見上げた立園の洋館。三階建てで、最上部に中国式の反りのある瓦屋根が載っている
洋館の上に、中国の屋根が載る
立園の庭。大きな木々の奥に中国式の楼門が見え、手前に石造りの装飾が並んでいる
庭の奥に構える楼門
立園の中心にある大きな洋館。黄色い壁に白い列柱とバルコニーが重なり、奥にも同様の建物が続いている
1926年から5年をかけた、贅沢な作り

誰も入れなかった、小さな建物

謝維立氏が作ったこの庭園のなかにあった、小さな建物が印象に残りました。

この頃の金持ちは、複数の奥さんをもっていたそうです。二番目の奥さんは十八で嫁ぎ、一年ほどで亡くなりました。それを悲しんだ謝氏が、奥さんの遺品を納めるために建てたのが、この建物です。

木立と刈り込まれた植え込みの奥に建つ、緑の瓦屋根を持つ小さな塔のような建物
遺品を納めるためだけに建てられた建物

そして自分以外、誰も入ることを許さなかったそうです。

世界中から材料を集めて建てた家のとなりに、
誰も入れない小さな建物がひとつ。

ゴールドラッシュの金で洋館を建てた人たちの話を半日聞いてまわった最後に、この建物が出てきます。持ち帰った富で村じゅうに見せびらかすように建てた楼閣と、一人ぶんの記憶をしまうためだけに建てた小さな塔。同じ人が、同じ庭に、両方建てている。開平で一番よく覚えているのは、結局この落差でした。

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この旅行記は、旧サイト「TOJI Masaya's LIFE LOG」(2012年公開)の記事と写真を、当時の本文を活かして再構成したものです。