かつてセルジューク朝の首都として栄えたコンヤ。シルクロードを往来する隊商たちが休息を求めた石造りの宿、エメラルドグリーンの塔がそびえる聖廟、そして右手を天に左手を地に向けながら回転し続ける白装束の修行僧たち。イスラム神秘主義の中心地で、時空を超えた精神世界に触れた。
静寂に包まれたコンヤの古都
シルクロードの隊商宿
カッパドキアから次の目的地コンヤへ向かう道中、荒野に突如として現れた巨大な石造建築。13世紀に建てられたスルタンハンキャラバンサライだ。かつてシルクロードを往来する隊商たちの安息の地として栄えた、歴史的建造物である。
「キャラバン」とは砂漠を隊列を組んで進む商人たちの一団を指し、「サライ」はトルコ語で「宮殿」や「大邸宅」を意味する。この建物は単なる宿泊施設以上の存在だった。ヨーロッパとアジアを結ぶ交易路の要所として、多くの商人たちが行き交い、文化が交差する場所だったのだ。
城塞のような堅牢な外観からは、セルジューク朝時代の卓越した建築技術を今に伝えている。高さ13メートルの正門には、層を成した「ムカルナス」という装飾が施され、その威容は今も健在だ。
建物内に一歩足を踏み入れると、まるで時間が止まったかのような空間が広がっていた。現在は保存修復を経て、観光施設として公開されている。館内ではトルコの伝統工芸であるカーペットの展示や、建物をそのまま活かしたコーヒーショップなどが楽しめる。歴史的建造物の中でまったりできるのは贅沢だ。
館内のカーペット展示
中庭の中央には四角い石造りのキオスクモスクが配置され、四方がアーチで支えられている。石畳が敷き詰められた内部には、商人の宿泊スペース、ラクダの厩舎、喫茶所の跡が今も残る。面積4,900平方メートル、縦44メートル、横58メートルの広大な空間。かつてここで、東西の文化が交差し、様々な物語が生まれたのだろう。
中央に佇むキオスクモスク
思いがけない出会い
建物正面に掲げられた二人の指導者
建物の正面入口で、掲げられたエルドアン大統領と建国の父ムスタファ・ケマル・アタテュルクの写真を撮影していたときのことだ。二十歳にも満たないであろう現地の女性が、好奇心いっぱいの表情で近づいてきた。
「何を撮っているの?」私が「ムスタファ」と言ったその時、彼女は目を輝かせ「ケマール!」と声を弾ませながら、茶目っ気のある笑顔でハイタッチを求めてきた。その表情には「へぇ、このおじさん分かってるじゃん」という愉快な驚きと、自国の歴史を知る旅行者との出会いを楽しむような若々しい屈託のなさが混ざっていた。
思い切って「エルドアン大統領とムスタファ・ケマル、どちらが好きなの?」と尋ねてみると、彼女は迷うことなく「ムスタファ・ケマル!」と答えた。その瞬間の彼女の表情には、若さゆえの率直さと、母国の歴史への確かな誇りが垣間見えた。
振り返ってみれば、街のあちこちのレストランや商店で、ムスタファ・ケマルの肖像画を目にした。しかし、この偶然の出会いは、その光景の意味を深く理解させてくれた。建国の父への敬愛の念は、世代を超えて、こんなにも自然な形でトルコの人々の心に息づいているのだと。
トルコの人々に愛される建国の父
シルクロードの面影が残るこの場所で、建物の歴史に加えて、現代に生きるトルコの若者の熱い心にも触れることができた。古代からの交易路に建つ歴史的建造物の前で、世代も国籍も超えた心の交流が自然に生まれる。時を超えて、人と人との出会いが紡ぎ出す物語は、これからもここで続いていくのだろう。
エメラルドグリーンの聖廟
コンヤに到着すると、すぐにホテルで不思議な像に出会った。白い衣装をまとい、両手を広げて回転している人の像。その謎は、メヴラーナ博物館で解けることになる。
13世紀末に建設が始まり、14世紀初頭に完成した緑のドーム(高さ約20メートル)「クッベトゥル・ハドラー」。「緑の円天井」とも呼ばれるこの特徴的なドームは、コンヤの街のシンボルとなっている。
ここに祀られているのは、13世紀に活躍したイスラム神秘家メヴラーナ・ジャラールッディーン・ルーミー。イスラム神秘主義(スーフィズム)の一派、メヴレヴィー教団の創始者だ。
霊廟内には、メヴラーナと家族、教団の指導者たちの棺がずらりと並ぶ。最奥、緑のタイルで覆われたドームの真下にあるのがメヴラーナの石棺だ。金色の装飾が施され、金色の布で覆われた豪華な棺。
金色に輝くメヴラーナの石棺
扉には、後世に刻まれたと言われる言葉がある——「ここから入る不完全な者は、完全となってこの場所を出る」。その言葉の重みを感じながら、館内を巡る。
展示されているのは、セルジューク朝時代のコーラン写本、メヴラーナの著書『メスネヴィー』の最古のコピー、巨大なものから極小のものまで様々なサイズのコーランなど。そして、特に印象的だったのは、預言者ムハンマドのあごひげを入れた箱。開けると薔薇の香りがするという。
旋回する祈り
メヴレヴィー教団は、ユネスコ無形文化遺産に登録されている「セマー」という独特の宗教行為で知られている。右手を天に、左手を地に向けながら、ゆっくりと回転し続ける白装束の修行僧たち。
これは単なるダンスではない。神への愛を表現し、宇宙と一体になるための祈りの儀式だ。白い衣装は死装束を、高い帽子は墓石を象徴している。右手で天から受け取った神の恵みを、左手で地上に分け与える。その姿は、神と人間を結ぶ媒介者を表現している。
瞑想する修行僧たちの姿
博物館には、蝋人形で当時の修行僧の生活を再現した展示もある。瞑想する姿、書を読む姿、そして旋回する姿。13世紀から続く精神性が、今もこの場所に息づいている。
メヴラーナの詩として伝わる言葉がある。「あなたが無神論者でも偶像崇拝者でも、拝火教信者でも、私のところに来なさい」。宗教や民族を超えた普遍的な愛と寛容。それが、この博物館を訪れる多くの人々を惹きつける理由なのだろう。
静寂に包まれた博物館の庭園
祈りの古都
コンヤは「トルコで最も信仰心が深い」と言われる街だ。かつてセルジューク朝の首都として栄えた歴史が、今も街のあちこちに刻まれている。
アラエッディン・ジャーミィ、インジェミナーレ博物館、カラタイ神学校。セルジューク朝時代の建築物が点在し、それぞれが独特の装飾と歴史を持つ。イズニックタイルの美しさ、精緻な石彫り、高い天井のある広い空間。
事前の下調べもなく訪れたコンヤだったが、この街は予想をはるかに超える感動を与えてくれた。神秘的な雰囲気、13世紀からの宝物の驚くべき保存状態、そして随所に見られる豪華な装飾の数々。イスラム神秘主義の精神性を今に伝える、重要な文化遺産の街だった。